脳内には、記憶と創造(想像)とが隣り合わせで存在する。
それらは、到底一夜では語り尽くせないほど、さまざまな影響を受けて構成されてきた。
家族や友人、恋人、偶然と必然、真実と現実、自然と生物、宇宙と地球、音楽、金、信用と裏切、愛、生と死、
心から嬉しいときや、二度と立ち上がれないほど打ちのめされたとき、『BLACK SOUL(黒人の魂)』を想う。
平和ボケした現代の裏側には、眼を覆いたくなるような消せない過去が無数に存在する。
逆境を乗り越え、助け合い、成り上がり、その鉄の精神は、日本人の僕にとって革命だった。
そんな現実と真っ向から戦った『BLAX(褐色の戦士たち)』に敬意を持ちキャンバスに向かう。
スピーカーからは、今も心の叫びがアフリカのリズムとともに鳴り止むことを知らない。

GENTA TANAKA

GENTA TANAKA PROFILE

北海道・釧路生まれ、3歳から絵を描き始める。シルクスクリーンの技術を得るため上京、創形美術学校に入学。卒業後、元々交友関係があったHi-STANDARD・難波章浩の呼びかけで、沖縄は名護市呉我に移住。 ULTRA BRAiNのメンバーGENTA BRAiNとして、CDジャケットをはじめ、アニメーションPV制作、グッズデザイン等、トータルヴィジュアルアートワークを担なう。 現在は、故郷である釧路を拠点とし、自身が影響を受けたブラックカルチャーを軸に、「絵」というフィルターを通し表現するオリジナルスタイルを貫いている。 全国各地のクラブイベント、パーティーにて、精力的にライブペイントを行う一方、様々なクラブや店舗内へのウォールペイント、オーダーキャンバス作品、自身が手がけるアパレルブランド「phatline」のデザインやCDジャケット、イベントポスターなど、デザイナーとしても幅広く活動している。 2010年、RISING SUN ROCK FESに参戦。同年念願だった初のソロエキシビション、「BLAX in my head.」を開催。 2011年、北見DUB CAFEにてジャマイカをテーマにした展示会「TOP A TOP」を開催。 2012年、当時B.I.G.JOEが経営していた北海道恵庭(現在は江別)のBIG BOY TOYZにて、2013年にはラッパーNAGAN SERVERが経営する大阪MONO ADAPTER、2014年、東京原宿にある Bio ojiyan cafeと、年一回のペースで「BLAX in my head.」を開催。 2015年4月、ニューヨークへ武者修行へと旅立った時の記憶を、「BLAX in my new york.」と題して今年北の大地札幌にて開催する運びとなった。前回の東京個展より3年ぶりとなるエキシビション、すべて新作での展示、そして札幌のみ展示される特別な作品も並ぶ。

RECEPTION PARTY!

DJ MINOYAMA

DJ MINOYAMA

横浜の老舗クラブBridgeにて今年で19周年を迎えたレギュラーイベント「CleanUp」を初め数々のパーティーのオーガナイズをしクラブDJとして一線で活躍を続けている。いかなる場面でも決してフロアのクラウドを裏切ることの無い的確かつ華麗なDJプレイが多くの人々からの絶大な信頼と支持を得ている。またNew Yorkでは、Rich Medina(Rock Steady Crew)の主催するパーティー「Props」へのゲスト出演、A1RecordsでのインストアDJ、Brooklynの老舗ライブハウス「KNITTING FACTORY」でCAMP LOの前座を務めるなどのキャリアを持つ。そして毎回様々なコンセプトで制作しているMIX CDではHipHopを軸にJazz, Soul, Funk, Discoまで豊富な知識とセンス溢れるミックススキルで各方面から高い評価を受けている。近年ではHUNGER(GAGLE)の手がけるレーベル松竹梅レコーズから、Latest HipHop Mix「IMA #14」を担当し注目を集める。最新作は70?80'sのNYの世界観をパッケージしたディスコ・ブギーミックス「BOOGIEDOWNVILLE vol,2」が絶賛発売中。

D.A.I./悶D

D.A.I./悶D

T97年から都内を中心にDJをスタート。幼少期からかっこいいと感じるものへの探究心が人一倍強かったため、自分が良いと思った音楽を掘り続けた結果BLACK MUSICをさまざまな角度からプレイするスタイルを確立。一曲を大切に、かつ最大限に活かすつなぎや擦りができるのもそういった幅広い音の知識があってこそ。自身がDJとして活躍する傍ら、08年からはオーガナイズ業も開始し、THINK BIG,ILL CONVENTION,SHOW&PROVE,DQSにて各方面から大物ゲストDJやラッパーを招くなどアーティストからの信頼も厚い。今後、東京のBLACK MUSICシーンの活性化・新たなムーヴメントを起こすキーマンだ。

DJ YO-HEI a.k.a.Pei

DJ YO-HEI a.k.a.Pei

北海道札幌を中心に活動中。2002、2003、2004、2006年にDMC JAPAN FINALに北海道代表として出場,ITF DJ BATTLE JAPAN FINALにも出場経験をもつ。そして2013年DMC北海道大会にバトル復帰し見事優勝!!JAPAN FINALへの切符を手にする。 得意とするSCRATCHやBEAT JUGGLINGでMAKE MUSICするTURNTABLIST。不意打ち得意なCUT CREATOR集団 “PJ'S”のメンバーとして2012年に“PJ'S AND 4CE FINGER”で“FAMILIA EP”をill dance musicからリリース。2015年7月にはPJ'Sの1st FULL ALBUMとなる“RAW PROFILE”をリリース!! 他にもMICHITAのアルバム“SENSEOF VALUES”への参加や、名古屋のスケートDVD“3RDZ”への楽曲提供、札幌スケーターズafcのDVD“FROM THE NORTH”楽曲提供などの作品を残している。2016年にはNew Yorkで行われているイベント“The PLUG international”に出演し、Buddha Brand,Chelsea Rejectなどビッグアーティストと競演を果たしている。 最近ではNYを拠点に活動をするレーベルPLUG INTERNATIONALから2017年リリース予定のコンピレーションEP"METROPOLIS"にプロデューサーとして参加し、現在は自身のソロアルバムを作成中。
レギュラーイベントは偶数月第2土曜日CLUB GHETTO “BEAT STREET”

HARUHIKO

HARUHIKO

アナログレコードの伝道師ここに見参!80年代、ディスコやCLUBを転々とし、現代のCLUBカルチャーのはしりである。北海道を代表する伝説の『CLUB SEIS』で裏方業務を経験したDJ HARUHIKO。その頃DJSEIJIと出会う。1990年、music pool 『Choice』オープン。HIPHOP、Jazz、acidjazz、HOUSE、TechnoHouseを年代を追ってアナログレコードをDIG!DJ LARRY LEVAN('92没)のCLUB PLAY LIVEや、渡米した際、当時New Yorkにあったメンバー制のダンスクラブ「LOFT」にカルチャーショックを受け現在に至る。彼のプレイはまだまだ進化する孤高の存在、ガラージスピリットとヨーロピアンアンダーグラウンドのセンスを合わせ持つ、そのプレイは新旧問わず常に新鮮なMIXと体の奥底で反響する音の歪みの波間に宇宙空間を演出し、スピリチュアルかつ、繊細な空間的音楽の表現者である。

DJ SEI-SUI

DJ SEI-SUI

10年以上に渡り北海道北見市から多種多様な音楽を発信し続け、「踊り続けたい」というシンプルな欲求に満ちたダンスフロアの住人達から絶大な支持を得てきた漢、DJ SEI-SUI。全ての音楽にヒントがあると信じ、探求し、出会ってきたそれらを閃きに委ね、ダンスミュージックという形のない形へと変化させていく。 道東ダンスミュージックシーンを引率する箱「UNDERSTAND」代表の一人でもある。

Poro kanto

Poro kanto

十勝生まれの東京育ち、95年頃、DIAMON DのFEEL THE VIBEにやられ、それ以来『FEEL THE VIBE』が若かりし頃から、現在まで自分のテーマとなっている。96年にDJ KRUSHのプレイを見て、日本人の感性でもDJは出来ると確信しDJを始める。 現在は経験と感じてきたものがブレないような仕事を出来るよう、若い世代でもお店が出来る、好きなことで食っていける。という証明が少しでも出来ればと、原宿は神宮前にて奮闘中。

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